箱をかぶる

自称いい人たちに

善意のおせっかいを塗りたくられ

毛穴を全部塞がれて

息も絶え絶えとなった私が

ビルとビルの隙間でへたり込んでいると

とても自然に箱を被った人が

私に箱をくれた

 

試しにそれをかぶってみた

 

薄暗い空間は

私をなだらかにしてくれる

 

箱はいい具合に目のあたりに穴が開いている

 

箱を被った私を見ると

行き交う人は奇異な不都合を見せつけられたように、

目をそらす

それがまた何ともいえず、心地よいのだ

 

普通に暮らしているという欺瞞に

漂い、満足の笑みを浮かべる一般人

その固まりと段ボール一枚隔たってるというだけで

こんなにも、安心するのにびっくりする

 

大学になど、戻るつもりはなかった

もうあの幼稚な有象無象が集まっている

大学になど

 

期待していたのだが…あれが日本で最高の大学だなんて、くだらなすぎる

 

思い出してみれば、小学生の頃から

他の人たちと隔たっていた

卵膜のような意識の壁によって…

大きくなるにつれ

その壁は薄くなり続け、大学に入る頃には

それは他人の善意で、いとも簡単に破られた

悪意より善意の方が無造作に放たれ、ずっと威力がある

 

私は食事と用を足す以外は 箱をかぶり

橋の下、ビルの陰、ガードレールと公衆便所の間などに潜んでいた

 

私の狭いアパートはそのままにしておいた

家賃は地方都市に住む両親が 勝手に息子に夢を描き

せっせと教師の仕事をし、振り込んでくれる

 

最初のうちは定期的にアパートに帰り

風呂に入って着替えていたが、

きれいすぎるとかえって目立つので

だんだんルーズになっていった

 

ゴミの近くに潜み、一体化して身を隠す私は

意識もだんだんそれに近づいて行った

 

食べるものも拾ったもので構わなくなった

でも、「私は ホームレスではない、社会の観察者だ」

と自負していた

いつかこの体験について論文でも書いてやろうと

思っていた

 

ある日、あまりにも頭のてっぺんがかゆいので

洗髪しようと思い、アパートに帰った

段ボールを取ろうとしたが、頭のてっぺんがくっついている

髪が汚れてこびりついたのだと思い

ハサミで髪を切ったが箱は取れなかった

よくよく指で探ってみたら、箱と頭皮が結合していた

 

この箱がボロボロになったらどうすると、

一抹の不安がよぎったが、それはその時に考えればいいと

楽天的に変わった自分に、驚きを感じた

 

ある早朝、ゴミ置き場の端で うとうとしていると

遠くから近づいてくる怒鳴りあう声が 耳に入ってきた

頭は覚醒しているが、体が動かずのろのろしていると

チンピラは息を切らして、私のすぐ横に倒れこんだ

追いかけてきた同類の男が

「この野郎」と言いながら

銀色に光る手を振りかざした

と、下腹のあたりに鈍痛を感じた

その痛みは同心円を描くように、体全体に広がっていく

ぼやけてきた視界の隅に、隣に倒れこんだチンピラが

身をかわして 走り去っていくのが見える

それを追いかけていく銀色のナイフを握った男

 

私は,私は、腹から血を流しながら倒れこんでいる

 

悪意もじつに無造作で 威力があるなぁと

薄れていく意識の中で 考えている